ふるさと(熊本)の歌を創り続けています。


by binggou

童話悪太郎物語

童話 悪太郎物語                     作 うらたまき
                          パートⅠ 
 山の中ほどにそれは古い古いお寺がありました。何百年も経ったような古いお寺でした。そこに住んでおられるお坊さんは、村人からお上人さまと呼ばれていました。お上人さまは毎日仏様にお供え物やお花を上げてお経を唱えることが日課でした。それが終わると境内の庭やお墓を見てまわりました。 

 ある日檀家のご供養のために仕度をしていると、急にあたりが薄暗くなり遠く方から雷の音も聞こえてきました。とうとうポタポタと大粒の雨も降り出しました。「あれあれ、雨も降り出したぞ」と、お上人さまが本堂の中から外を見ていると、物凄い稲光がピカーッとした瞬間、すぐ近くで、「ゴロゴロ、ドドン、バリバリ」とすさまじい音がしたのでした。雷が落ちたようです。「クワバラクワバラ」と言いながらお上人様は、本堂の仏様の前へ駆け寄り、「南無妙法蓮華経。南無妙法蓮華経」と何度も大きな声で唱えながら、「どうぞ村の皆々さまがご無事でありますように」とお祈りをされました。 
 
 しばらくすると雨も小降りになり、外を見たら境内にある何百年も生きている銀杏の大木が、無残にも幹は引き裂かれ枝葉は四方に散らばりそれはそれは無残なあり様でした。「あれっ、何か動いたようだぞ」よく見るとそれは小鹿でした。お上人様は駆け寄って「あれあれ可哀そうに、お前は雷に打たれなさったか。待っていろよ、今助けてあげるからな」と言って、裏の小屋へ行きムシロを持ってきて小鹿を包み、本堂の階段を上がり縁側の板張りの上へそっと置かれました。 
 
 ところがその小鹿が、蚊の鳴くようなか細い声で言いました。「お上人さまお願いです、どうぞ助けないで下さい。私は今度死んだら人間に生まれ変ることができるのです。私は昔大悪人でした」と涙ながらに話すのでした。お上人さまには小鹿の話がよく分かりました。「そうかそうか、それでは私がお前のためにお題目を唱えてあげるから静かに目をつぶっていなさい」と言って、「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経」とたくさんたくさん唱えておられました。 しばらくすると小鹿の魂は静かに天国に昇って行きました。 

 昔々、ある村に吾作さん夫婦がおりました。夫婦仲が良く、二人ともとても働き者で村中の人々からとても慕われていました。しかし、なかなか子宝に恵まれず諦めていたところに、玉のような大きな男の子を授かりました。吾作さん夫婦はその子を良太郎と名付けとてもその子を可愛がました。悪いことしても叱ることもなく可愛がり、わがままのさせ放題、いたずらのさせ放題でした。

 ある日近所の次郎兵衛じいさんの家の柿の実が鈴生りになっているのを見て、良太郎は欲しくなりました。その柿の実を勝手に取って食べていたら、家の中から次郎兵衛じいさんが出て来て「おうおう頼もしい子じゃのう。腹一ぱい食べるがいいぞ。でも食べ過ぎるとおなかこわすので、程々にな」と言いました。それを聞いた良太郎は何故か無性に腹が立ち、次郎兵衛じいさんを困らせようと思いました。棒を持って来て柿の実を一個ずつたたき落していると、また次郎兵衛じいさんが出て来て「そんなことをするものじゃない。お前が食べるのはかまわんが、困った子じゃのう。そんなことをしてはいけません。」と言いました。注意されたのでその子はますます腹を立てました。次郎兵衛じいさんはその子が怖くなり、注意するのを止め家の中に引込んでしまいました。 

 後はやり放題、庭中に柿の実を叩き落とし帰り道には田や畑まで荒らして行きました。土の上に届かんばかりに頭を垂れている、刈り入れ間近かの稲を踏み倒したり、野菜を蹴り転したりそれはそれはその子が行う悪さも念が入ったものでした。吾作さん夫婦は生まれたこの子が良い子になるようにと、良太郎と名付けたのに村のみんなからは、悪太郎と呼ばれるようになりました。

 自分の子供が悪いことばっかりしている事や、村人から悪太郎と呼ばれている事も両親は何一つ知りませんでした。やがて村人達は悪太郎がいる村を嫌って村から離れて行くようになりました。一家族、二家族と出て行き、とうとう村には悪太郎と両親だけになってしまいました。村人がいなくなると村はどこもここも荒れ放題になりました。  

 人の好い両親は自分達以外は誰一人いない村なのに、自分の田畑が荒らされるようになって初めて今までの村中の悪さは自分の子のせいと知りました。そして出て行った村人達への申訳なさと、悪いことをしても叱ることもなく、教えることもなく、可愛がり過ぎた自分達の責任だと考え、困り果て、食べ物も喉をとおらずとうとう両親は二人とも死んでしまいました。 

 悪太郎は自分を一人にして死んでしまった親を怨みましたが、日にちが過ぎるにつれ食べる物がなくなって来たので悪太郎はどうしたらよいかと色々考えました。「そうだお嫁さんをもらおう」と悪太郎は思いつきました。自分のお母さんのようによく働くお嫁さんがいいと思いましたが、村にはもちろん誰一人もいません。「そうだ山を越えた向こうの村には、きっといいお嫁さんがいるだろう」といくつもの山を越え探しに行きました。

                              パートⅡ

  いくつもの山を越えやっとの思いである村を見つけたのでした。悪太郎は一軒一軒村の中を見て歩きました。やっと一軒の家に嫁にしてもいいような娘を見つけました。それはそれは気立ての優しい娘でしだ。しかしこの娘は体が弱くて野良の仕事が出来ないので家族の者が畑で働いている間、留守番をしながら家の中の仕事だけをしていたのでした。

 突然入って来た悪太郎に「俺の嫁になれ」と言われびっくりして、家から逃げ出しました。悪太郎は逃げるその娘をつかまえて、山を越えとうとう自分の家まで引きずって連れて帰ってしまいました。悪太郎の家に着いた頃には、娘は体が弱いので動けない程衰弱していました。それからというものその娘は、毎日泣き暮らしていました。

  娘がいた村では突然居なくなった娘を捜すため、村中の人々が手分けして、村の隅々山の中ずいぶん捜したが見つかりません「神隠しにあったに違いない。可哀そうに」と娘の両親も村中の人々も泣くのでした。  悪太郎は体が弱いその娘を畑へ連れ出して、無理やり働かせようとしましたが、働くことができずとうとう倒れてしまいました。悪太郎は怒ってその娘を納屋に放り込んでしまいました。そして自分の食べる物を探しに山の中へ入って行きました。山の中で鳥をとったり兎を捕まえたり色々な動物を捕っては食べ、自分のことだけでその娘のことなど考えませんでした。

  毎日獲物が捕れるはずはありません。悪太郎はもう何日も食べていませんでした。目の前を一匹の兎が走りました。それっと、追いかけたが兎は大きな木の根のところにある繁みに飛び込み隠れました。悪太郎も続いてそこへ飛び込みました。ところがそこは見るも恐ろしい高い高い断崖絶壁だったのです。悪太郎は宙を飛んで深い深い谷の石がゴロゴロしている河原に、ドドドンと叩きつけられました。頭も割れ手も足もバラバラになり、血があちこちから噴き出しました。気が遠いまま悪太郎は何とか気が付いたのでした。でも起き上がろうとしましたが体が動きません。同じく手も足も全く動きません。 「助けてくれ。誰か助けてくれ」と叫んでも声になりません。とうとう悪太郎は「神さま」と口にしました。

「どうした悪太郎」
「だれだ、お前は」
「私が分からぬか」
「分からん」
「お前が呼んだから来たのだ」
「じゃあ、お前は神さまか」
「そうじゃ」
「どこにいる」
「ここにいるぞ」
「どこだ、助けてくれ」
「助けてくれ。それは出来ないな。お前が今まで行ってきた悪事は、お前の身をもって償わなければならないぞ」
「おれが一体何をしたと言うのだ。おれは悪いことなど一切していない」
「嘘をつくな。お前は両親を殺し、人さまの娘を殺し、稲や野菜の命も奪い、また鳥や兎やヘビなど色々な殺生もし、人さまの柿をも盗んだではないか」
「おれは親も娘も殺してなんかいない」
「お前は手にこそかけていないが、お前の両親はお前の悪事を嘆いて、食べる物も喉を通らず死んでしまったぞ。娘のこと覚えているか」
「覚えている。家の納屋に置いて来た」

「体が弱くて働けない人様の娘を無理やり引っぱって来て、働けないからと言って、納屋に放ったらかしにしたら死ぬにきまっている。娘はお前の事恨んで死んでしまったぞ。そしてお前のせいで村人は行った先々で大変な苦労をしているぞ。お前は大悪人だ。お前の体は天罰で今ばらばらになっている。もうすぐ色々な動物達が来て、お前が行って来たような事をするだろう。お前が今度また人間に生まれ替わるには、百回も二百回も虫やヘビや獣やげじげじや人間の嫌がるものの中に宿って、辛い想いや苦しい想いをたくさんしなければならない。何年も何十年も、いや場合によっては何百年も。もういいだろうと天地の神々が思い赦されるまで人間に生まれる事は出来ないのだ。今からお前がやって来たような事が、お前の体に起こるから自分の魂でよく見ておけ」と神の声は終わった。

 悪太郎の魂は自分の肉体からスーと抜け出し、崖から突き出している木の枝に止まった。そして河原でバラバラになっている自分の体がこれからどうなるか見ていました。

                            パートⅢ

  断崖絶壁から落ち河原に叩きつけられた悪太郎は、体がバラバラになり必死の思いで神様にすがりましたが、神様からも見放されてしまいました。悪太郎の魂は自分の肉体からスーと抜け出し、崖から突き出している木の枝に止まりました。そして河原でバラバラになっている自分の体がこれからどうなるか見ていました。  
 一番初めに大きな鷹が飛んで来て、悪太郎の目ん玉を突きくり抜いて喰ってしまった。その後はキツネやタヌキその他色々な動物達が来て、とうとう骨になるまで喰いつくしてしまいました。悪太郎の魂は初めて自分がして来た今までの行いがとんでもない悪い事だったと気付きました。そしてこれからは決して人間や動物達が嫌がる悪い事をしないように心に固く誓いました。やがて雨が降り出し、見る間に大降りになりました。ちょろちょろと流れていた沢の水が段々多くなり、やがて黒々とした濁流になり悪太郎の骨は押し流され影も形も見えなくなってしまいました。

  悪太郎の魂はフワフワと宙をさまよった。四十年五十年、あるいはもっと長かったかもしれません。毛虫になったりムカデになったりトカゲなど人間が嫌がるものの中に宿りながら魂はいつも定まらぬまま点々とさまよっていました。 ある時悪太郎の魂はカラスの群れの中にいました。リーダーのカラスが命ずるままついて行くと、ある団地のごみ収集場の上にある電線に止まりました。今日はごみの収集日のようです。人々が手に手にごみ袋を持って来てはそこに置いていきました。人々が居なくなる時を見計らって、カラス達は飛び下りてごみ袋を口ばしで突っつき破り、中から人間の食べ残しを引っ張り出しては食べました。後は散らかし放題でした。その様子を電線の上から見ていた悪太郎カラスは、人間の迷惑になる事はやりたくありませんでした。他のカラス達は自分達と同じように、ごみ袋を突っついて人間の食べ残しを食べない悪太郎カラスを笑い、馬鹿にしました。悪太郎カラスはとうとう仲間はずれになり、一人で山に帰って行きました。お腹いっぱいにはなりませんでしたが、山で木の実などを食べ我慢していました。

 それから幾年か過ぎ悪太郎カラスはおじいさんカラスになり、年老いた悪太郎の魂はカラスの体をはなれる時が来ました。それは初雪が降った寒い朝、高い木の中ほどにある巣の中で、悪太郎カラスは眠ったまま静かに亡くなったのでした。悪太郎の魂は、またフワフワさまよいながら無意識の世界に入って行きました。

  どの位時が過ぎたのでしょう、「ギャー、ヘビだ。ヘビだ」と子供達の大きな叫び声に悪太郎は驚きました。「えっ、自分は今、ヘビなんだ」と悪太郎の魂も驚きました。そして自分も昔ヘビをつかまえては、尻尾をにぎってブンブン振り廻し頭を石にぶっつけて死なせた事を思い出しました。悪太郎の魂は自分はそんな目にはあいたくありませんでした。これ以上子供達を怖がらせてはいけないと思い、急いで草むらに逃げ込み隠れ、皆んながピクニックを終えて帰るまで息をこらして繁みにじっとしていました。

  秋も過ぎやがて冬です。悪太郎ヘビは寒さに弱く、どこか温かいところはないものかと探し回りました。小さな穴を見つけてそろりそろり入って行きました。暗い穴の奥をよく見ると、うようよたくさんのヘビたちがいました。ギョッとしましたが今は自分もヘビである事をと思い出しちょっと安心しました。 しばらくはその暗い穴の中で体をくねらせながら、ヘビたちの中にいましたがどうしてもそこには馴染めませんでした。

 悪太郎の魂は、そのヘビの体からスーッと抜け出して穴を出てさまよいました。空はどこまでも青く美しく、白い雲がポッカリと浮かび広かった。気持ちよくフワフワとさまよいながらふと下を見ると、赤茶けた山肌がむき出しとなった所に、たくさんの人たちが何やら働いている光景が目に入ってきました。「何をしているのだろう」と悪太郎の魂はフワフワと近づいて行きました。 それは今年の夏の台風で樹木が土と共に流され、山肌が無残に現われているところを人間達が大人も子供達も一緒になって、大勢で苗木を植えているところでした。悪太郎の魂は自分も人間だったら一緒にやりたいなぁと思いながら、またフワフワと風に流されながらさまよっていると、また無意識の中に入り気が遠くなりました。

 子供達の声がする。駆けながら大きな声を出している。手に手に虫かごを持った5,6人の子供達が大きな網で蝶々を追っかけていたのでした。
「あっ、こっちだ」
「こっち、こっち」
「ああ、逃げた」「けんちゃん、何してる。早く来いよ」
 けんちゃんと言われた子供は、原らっぱにしゃがみこんでいた。「これ、ミミズ」と言って悪太郎をつまみ上げた。悪太郎は今度はミミズになっていたのでした。「ミミズなんか、踏みつぶせ」誰かが言いました。悪太郎は「ヒャー」と震えあがりました。

                              パートⅣ

 人間だった頃、悪太郎はいたずらのし放題、悪いことのやり放題、虫や獣をむやみに殺したり、友達をいじめたり、人の嫌がる事ばかりしていました。悪太郎ミミズは、自分も人間だった頃ミミズを殺したり、いじめたりした事を思い出しました。だけど、けんちゃんと呼ばれていた子供は、悪太郎ミミズをそっと畑の隅に置きました。「あーぁ、助かった」と悪太郎は思い、急いで土の中に潜り込みましだ。

 土の中をはい回っていると、時々同じ形をした仲間がいました。人間の時に見たミミズの事を思い出しながら土の中を動き回りました。 
 ある日、近くでサクサクサクと音がしました。
「何をしてるのお母さん」と、けんちゃんの声がしました。
「ここの土を軟らかくして、何か植えようかと思っているのよ」と言いながらけんちゃんのお母さんは耕す手を止めました。
「あら、ここに大きなミミズがいるよ。この土は肥えてるのね」
「土が肥えているってどういうこと、お母さん」
「土が肥えているとね、野菜を作っても、お花を植えても良く育つのよ」
「ふーん」と、けんちゃんはうなずきました。

 悪太郎ミミズは自分達がいる事で少しでも人間の役に立つのならと一生懸命土の中を這い回りました。それから二、三日後「お母さんそれなぁに」「これは野菜の種よ」と言いながらパラパラと土の上に蒔いていました。それから新聞紙をかぶせてジョーロで水をたっぷり撒きました。
「どうして新聞紙をかぶせるの」
「こうするとお陽さまから種を守ってくれるし、水分もすぐ蒸発せずに上手に行きわたるのよ」悪太郎ミミズは、けんちゃんとお母さんの会話を聞きながら親子っていいなぁと思いました。

 しばらくたったある日、「お母さん、この間蒔いた種もう芽が出ているよ」
「あらほんと」お母さんとけんちゃんはしゃがみこみ、顔と顔がくっ付くほど近づいて、野菜の芽を覗き込みました、「少しずつ大きくなって行くのよ。時々土が乾いたら水を撒きましょうね」とお母さんが言いました。けんちゃんは学校と遊びに忙しくしばらく畑を見ていませんでした。野菜はだいぶんキャベツらしくなっていました。悪太郎ミミズは何時ものように土の中を一生懸命動き回っていました。しばらくの時間が過ぎました。

 「お母さん、キャベツに青い虫がいるよ」
「あらそう、そっとしておきましょうね」
「だってせっかく作ったキャベツの葉っぱを食べているよ」
「虫が食べているという事は、私達人間が食べても安全なのよ。農薬撒いてないから虫も育つのよ。そしてね、一寸の虫にも五分の魂といって、それぞれどんな小さな虫にも魂があるのよ。その青虫は多分蝶々になると思うよ」
「へー、蝶々になるの」
「そうよけんちゃん虫かごで飼ってみたら面白いと思うよ」  
 
 悪太郎ミミズは蝶になりたいと思いました。するとミミズの体からスーッと抜け出して、キャベツの葉っぱに止まっている青虫の中に入り込みましだ。悪太郎の魂はこれから家の中でけんちゃんに見守られながら蝶になれるんだと、わくわく嬉しい気持ちがしてきました。けんちゃんは虫かごを持って来て、葉っぱごと青虫を虫かごに入れました。学校から帰ると一番先に虫かごを覗いては、新しい葉っぱに取り換えていました。けんちゃんはこの二三日遊びが忙しくて虫かごを見るのをつい忘れていました。久しぶりにかごの中を覗き込むと青虫がいません。
「あれーっ、青虫がいないよ、お母さん」
「よく見てごらんよ」
「あっ、変な形をしたのがいる」
「それは蛹(さなぎ)というものよ」
「へぇ、蛹ってこんなの。初めて見たよ」
「青虫が蛹になって、その蛹の背中が割れてそこから蝶が出てくるのよ。それを羽化と言うのよ。よく観察してノートに絵を描いておくと勉強になるよ」蝶になるのは早かった。蛹は見事な紋白蝶になりました。お母さんが言ったとおりけんちゃんは、一生懸命その様子をノートに記録しておきました。

 「羽化したから、そろそろ逃がしてやりましょうね」とお母さんが言いました。けんちゃんはもっと側に置いて見ていたかったのだが、お母さんの言われるようにそっと逃がしてやりました。悪太郎はとうとう蝶になり自由に空へ飛んで行きました。「けんちゃんありがとう。お母さんありがとう」悪太郎蝶は人間の優しさと愛にふれ温かい幸せな気持ちでした。また、フワフワと飛びながら、昔、見たことのあるような森の上を飛んでいました。

                                パートⅤ

 ミミズから蝶になった悪太郎の魂は、フワフワと飛びながら、昔、見たことのあるような森の上にさしかかりました。まだ若い森でした。「そうだここはカラスの時、人間達が苗木を植えていた所だ」苗木はだいぶん大きくなっていました。そしてその下には多くの鹿達が遊んでいましたが、若い森ですからあまり鹿の食べ物がありません。人間達が都会をはなれ山の手にたくさん家を建て住むようになり、また動物達が住む山奥をブルトーザーで押し開き、森に昔からある木々をたくさん切り倒しゴルフ場を造ったからです。

 鹿達は仕方なくまだ食べてはいけない若い木の幹をかじっていました。悪太郎蝶は若い木が食べられているのを見て、これでは森が死んでしまう。何とかして止めさせなければと思いましたが、蝶の体ではどうする事も出来ません。よく見ると小鹿を連れた鹿の夫婦がいました。その小鹿はもう何日も食べていないため、弱々しく立っているのがやっとでした。悪太郎の魂はスーッと小鹿の中へ入り込みました。すると驚く事に見る見るうちに小鹿は元気になりました。

 「お父さん、お母さん。もっと山奥へ行こうよ」小鹿は何だかこの若い木をかじってはいけない気がしました。親鹿も小鹿の言うように、どんどん山の奥の方へ行きました。奥の方には何とか食べる物がありました。元気になった小鹿は嬉しいあまり喜んで山の中をぴょんぴょん飛ぶように走り回り、その内に両親にはぐれてしまいました。探しても探しても見つかりません。小鹿は両親を探し回っている内に山を下り人里の方へ来てしまいました。
 
 あるお寺の前に差掛かると大雨になったので、お寺の中の大きな銀杏の木の下で雨宿りしていました。すると突然、ゴロゴロドドンバリバリと雷にうたれたのでした。気が付くと小鹿はお寺の板張りの上で、お上人様にお題目を唱えてもらいながら静かに横になっていました。小鹿は薄れゆく記憶の中で「ありがとうございます。ありがとうございます」とつぶやきながら、魂となって大空高く昇って行きました。

 それからどれくらいの時が過ぎたでしょうか。暖かい春の日、けんちゃんの家の前にたくさん人が集まっていました。けんちゃんのおじいちゃんやおばあちゃん、近所のおばさん達そして郵便屋さんもいました。みんな楽しそうに笑っています。そして何かを取り囲んでいます。けんちゃんのお父さんの横にお母さんが何やら抱っこしています。何と驚く事に、けんちゃんには可愛い妹が生まれていました。小鹿のようなくりくりとしたそれはそれは瞳の可愛い赤ちゃんでした。 
                          おしまい
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by binggou | 2009-02-02 21:06