ふるさと(熊本)の歌を創り続けています。


by binggou

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ビッグバン

 アメリカの天文学者、エドウィン・ハッブルが、1929年に「ビッグバン」理論を言い出したのです。この宇宙は約137億年前誕生したそうです。何にもない無の状態から突然大爆発が起き誕生したそうです。

 何故そういうことをハッブルが言い出したかといいますと、私たちの太陽系がある銀河の外にある、他の銀河を観測していて、一定の速度により規則的に遠ざかっていることに気が付き、逆計算してみると、約137億年前、ただの一点無から大爆発を起こし誕生したことに気が付いたそうです。

 どう思いますか皆さんは、「神」の存在を確かめるにまだ不足ありますか。
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by binggou | 2009-09-15 20:11

「幸せ」の話(2)

  毎日経済的に何の心配もなく、すこぶる健康にも恵まれ、また周囲との人間関係もうまくいっており、日々何の苦労も心配もなく一生暮らしていけるような、そういう一見我々にとって理想的な人生と思われるような人生を、亡くなられた中村天風先生は、「製▲▲機人生」と言われています。
   
 人間が何のため存在するのか考えようともせず。この尊い宇宙真理に気が付こうともせず。我々が生命を頂いた理由が、何なのか考えようともせず、神様の存在を否定したり侮ったりするような人生を過ごす人々のことを、ただ毎日食っては●○●し、寝て起きては●○●してるだけの「製▲▲機人生」だと言われています。

 日曜になれば家族そろって教会へ行き、教会に集まった者みんなで一緒になって、ありがたい感謝の祈りを奉げているのに、戦争という名のもとに平気で人殺しをたり、直接人は殺さないにしても、そういう行為を、見て見ぬふりをする人間のことを、ただ毎日食っては●○●し、寝て起きては●○●してるだけの「製▲▲機人生」だと言われています。
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by binggou | 2009-09-05 21:20

「幸せ」の話(1)

 私達の人生は、地球上の全ての人々が同じ目的に向かって毎日の生活を営んでいるのだと私は思います。その目的は何かと申しますと「幸せ」になることです。

 その「幸せ」とは、一体どういう事、状態を言うのか皆さん考えたことありますか。でも一応定義的なものはあるようです。

一つ、経済的に恵まれること。(最低でも食べるに全く困らないこと)
二つ、健康に恵まれていること。(自らの生命を脅かす病気等かかっておらず、不快になったり痛かったりするような持病もなく)
三つ、廻りとの人間関係が旨くいっていること。(家庭の中や、職場において気まずい人間関係があり、嫌々仕方なく一緒に暮らしていたり、仕事をしていたり。また、家族間において訴訟問題が生じていたりしていないこと)
この三つが満足していると「幸せ」と言える状態にあると言ってもよいでしょう。

 しかし、この三つが手に入り、毎日経済的に何の心配もなく、すこぶる健康にも恵まれ、また周囲との人間関係もうまくいっており、日々何の苦労も心配もなく一生暮らしていけるとしたら本当に「幸せ」と言えるでしょうかね。
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by binggou | 2009-09-02 22:40
蟻が百匹山道を歩いる話
 これも10年以上前、旅行作家小林正観さんから聞いた話です。
 ある晴れた日、山道を百匹のアリ達が行列となり歩いていました。何時ものように、食べ物を探しに出かけて行く一行です。

そのアリの行列には、一匹の隊長と数匹の部隊長的なアリがいました。隊長アリは物凄く厳しく厭味な奴でした。ちょっとでも仲間のアリが歩くの遅かったり、働く手を休めようものなら、蹴飛ばすやら、鞭打つやら、悪口雑言を浴びせるといった、本当に憎ったらしい隊長アリでした。

一匹のアリが隊長の目が届かない時に、見つからないようにその行列を離れ、ちょっと小高い岩の上に昇って天に向かっては何やら呟くのです。「ありがとうございます。ありがとうございます。神様、ありがとうございます」

  隊長アリは成果を上げるため何時も必死です。そのため辛く厳しく仲間のアリを監視し命令するのです。「働け、もっと働け、成果を上げろ。ぼやぼやするな。急いで働け」

  その一匹のアリは、ちょっとした隙を見付けては、餌集めの労働をさぼり、木の枝に登ったり、切り株の上に登ったりして、何時も天を仰いで呟きます。「ありがとうございます。ありがとうございます。神様、ありがとうございます」

 ある日、空から白くって甘い、アリ達にとってはとてつもなく大きな何万匹もの餌になる、角砂糖が一個落ちて来ました。
 それを見付けたアリ達はそれはそれは大騒ぎです。隊長アリは気も狂わんばかりに興奮しています。他のアリ達も同様に興奮しています。隊長アリは俺の手柄だと大声で自慢しています。どうやって巣穴まで持って帰ろうか協議が始まりました。

 するとまた、あのアリが隊を抜け出し、ちょっと小高い所に登り、何時もと同じように天に向かって呟き始めました。「ありがとうございます。ありがとうございます。神様、ありがとうございます」

 さて、神様にとって、隊長アリと天に向かいブツブツ呟いているアリと、どちらのアリが可愛いでしょうかね。
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by binggou | 2009-08-31 23:11
旅行作家小林正観さんの話
 10年以上前の話ですが、わくわくフォーラムの渡辺さんが旅行作家小林正観さんの話の入ったカセットテープ郵送してくれたことがありました。そのテープに入っていた一つの話で、小林正観さんが話した言葉通りではないのですが、

 昔々、親鸞さんがお弟子さん十数人と連なって、京都の街を托鉢業のため歩かれていたそうです。身近なある商家に、ちょっとした休憩のため立ち寄られたそうですが、その時、その商家の主が一行にお茶を差し出され、おもむろに親鸞さんにお尋ねになたそうです。
 「お上人様、お上人様には一体何名のお弟子さんがおられるのでしょうか」と尋ねられた親鸞さんは、ちょっとけげんそうなお顔をされた後に「私には、弟子といえる者は一人もございません。おられるのは皆んな私の師匠ばかりです」

 
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by binggou | 2009-08-28 11:23

汝は幸いである。

富める者は幸いである。汝は毎日安心して、豪華で豊かな食生活を送り、経済的には何の不安も心配もなく過ごすことができるであろう。

健康な者は幸いである。汝は自由に飛んだり跳ねたりすることのできる身体を持ち毎日を健やかに楽しく過ごすことができるであろう。

病気の者は幸いである。やっと自らの人生が何であるか考えるチャンスを頂いたのだから。

貧しい者は幸いである。汝は「奪わず」「我慾に溺れず」ひたすら与えられた務めをコツコツ果たしてきたのだから、天国の門は常に汝らのために開かれているであろう。
(うらた剛による勝手なうだごつ集より)
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by binggou | 2009-08-25 22:49

私って何だろう。

 思い起こしてみますと、今から二十年以上前、ボーッとしているとき、ふと、こんなことを考えました。「私って何だろう」
 私の手、私の指、私の爪、私の顔、私の眉、私の目、私の耳。私の腕、私の拳、私の足・・・。限がありませんが、それらを考えてみても、考えてみても、全部私の一部をなすモノであって、私そのモノではない。

それをずーっと何処までも追求していったら、最終的に、「私」と言う意識を持っている私の頭の中にある脳細胞の一部が、私を「私」と認識しているのだということに到達致しました。

それからその「私」それこそが「魂」であることに気が付くまで大した時間はかかりませんでした。
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by binggou | 2009-08-24 21:56
●20年間無敗の雀士桜井章一さんの言葉
 今から約10年前の話です。わくわくフォーラムの渡辺さんが、麻雀で20年間無敗の雀士桜井章一さんを熊本にお呼びしたことがありました。奥阿蘇の満願寺温泉に東京からご夫妻を招待し、渡辺さんの身近な方々約20名をその宿に集合してもらい、飲みながら語り合う形式で、桜井章一さんの話をお聞きすると言った会がありました。
  私は残念ながら重要なお客様をその夜熊本で接待するという大切な仕事がありましたから、出席せず、後にカセットテープでその夜の模様を聞きました。

 Aさんが、最初に質問致しました。
 私は会社で役員をしております。九州地区の責任者と言ったところです。会社の将来や売上向上に結び付けばと思い、いろいろ試行錯誤し、苦労してあるシステム作り上げたり、また、特許申請も可能な画期的な製品等を苦労に苦労を重ねた結果、製品化したとしても、社員達は「あぁ、そうですか」と言った風に何の喜びの表現もなく、無反応で、何のため自分は頑張って来たのかなぁーと、むなしく感じる時がありますが。そんな時、どう自分の心を処理したらよいのでしょうか。

 桜井章一さんの言葉「Aさん、あなたは一生懸命頑張っている自分の姿が見えるのだけれども、あなたの社員には見えていないと言う事を言っておられるのですね。」「あのねAさん、本当に一生懸命頑張っていたら、自分には一生懸命頑張っている自分の姿は見えないんだよ。見えているとしたら、Aさん、まだ頑張っていないんだよ」
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by binggou | 2009-08-23 14:25

豊かな人生とは、

豊かな人生とは、巨万の富を得ることではなく。広大な領土を占領することでもなく。巨大な権力を獲得し支配することでもない。

自らの生命の存在する価値に気付き、何ゆえ、自らの生命が存在するのであるか、その目的に気付き、その目的に向かって日々精進努力することこそ豊かな人生と言える。

日々我々が「幸せ」と思っている出来事は、言わば「束の間の満足」であって、到底「幸せ」と言えるものではない。

「真の幸せ」とは、豊かな人生が何であるかに気付いた人々に訪れる言葉にてたとえようのない「満ち溢れる恍惚の感情」である。

言葉にて例えようのない「満ち溢れる恍惚の感情」には、「感謝」と言う「魔法の粉」が絶え間なく降り注ぐ。

(平成21年8月22日 うらた剛)
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by binggou | 2009-08-22 10:24
上益城郡山都町(旧清和村)に朝日小学校と言う閉鎖された学校があり、そこの講堂でのコンサート開催である。

何事かあると声が掛かってくるそよかぜ作業所の濱田さんが宜しければ同行して欲しいとの急なお願いにより、私も行くことにした。

そよかぜ作業所に行ってみると、私のほか数名(全部で8名)にて行くとのこと、車2台で行くこととなった。

行ってみると遠い、山の中を抜けて、一番高い台地に目指す小学校はあった。後で分かったのだが、清和天文台のすぐ近くらしい。

少々遅れて到着すると、もう始まっていて、お客様は4名(女性のみ)がおられ、それに我々8名も加わった。

濱田さんは大庭さんの歌を何曲も作詞されていて、それが中心に歌われ、1曲1曲その曲の詩がどのように創られていったか、説明をおりまぜ、コンサートは進んでいった。

それにしてもこんな遠くの廃校になった小学校で、コンサートは何故開かれたのだろうか。
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by binggou | 2009-08-17 10:16